The Simultaneous World
megazal:

(via kureyuzu)
kudzunaoki:

7033dac2.jpg

(出典: pitchblackglow)

寿司はうまい。寿司はうまいので寿司と結婚したいと思う人もいることでしょう。しかし寿司は人間ではないので結婚できない。結果的に寿司屋の娘と結婚することになります。

寿司好きなあなたは、寿司であれば何でも食べたいと思う。だから回転寿司だって、午後8時のスーパーの総菜売り場で半額になっている寿司だって好きなはずです。しかし、寿司屋の娘と結婚したばかりにそういった Guilty Pleasure は御法度となります。

「ああいうの食べるなんて頭どうかしてる」

寿司屋の娘はあなたにそう言います。寿司のことが好きすぎて、でも寿司とは結婚できないから寿司屋の娘と結婚したのに、安い寿司が食べられなくなったことでかえってあなたの生涯寿司数は低下するのです。寿司との距離、これがこの文章のテーマです。

「物事に打ち込むには、沈黙が必要で、ため込む時間がいる。なのにSNSで毎晩、毎分のようにコメントしていたら、時間なんか作れない。好きでやっていると思っていたら、いつのまにかドラッグのようにコメントを強要されている。そのうえ素人なのに『こんなこと書いたら嫌われる、たたかれる』とか、まるで玄人のように自己規制をしている。『キジも鳴かずば撃たれまい』ということわざがあるが、『鳴きたい(書きたい)けど、撃たれ(たたかれ)たくない』という感じになっていて、結局いらいらして鳴いて(書いて)しまって、撃たれる。つまり、ネット上でたたかれて炎上する。こんな繰り返しの中でクリエーティビティーなんて生まれるわけがない。SNSにもいいところはあるが、若者は発信することに疲れ果て、発信して批判されることにも疲れている」
才能は「贈り物」である。
外来のもので、たまたま今は私の手元に預けられているだけである。
それは一時的に私に負託され、それを「うまく」使うことが私に委ねられている。
どう使うのが「うまく使う」ことであるかを私は自分で考えなければならない。
私はそのように考えている。
才能を「うまく使う」というのは、それから最大の利益を引き出すということではない。
私がこれまで見聞きしてきた限りのことを申し上げると、才能は自己利益のために用いると失われる。
「世のため人のため」に使っているうちに、才能はだんだんその人に血肉化してゆき、やがて、その人の本性の一部になる。
そこまで内面化した才能はもう揺るがない。
でも、逆に天賦の才能をもっぱら自己利益のために使うと、才能はゆっくり目減りしてくる。
才能を威信や名声や貨幣と交換していると、それはだんだんその人自身から「疎遠」なものとなってゆく。
他人のために使うと、才能は内在化し、血肉化し、自分のために使うと、才能は外在化し、モノ化し、やがて剥離して、風に飛ばされて、消えてゆく。
長く生きてきてそのことがわかった。
bookishboy:

シチュー引きずり回し
926: おさかなくわえた名無しさん@\(^o^)/ 2014/08/16(土) 07:04:40.01 ID:R2o/Q2oO.net
ゴーヤは中の綿を食うのが世界基準
苦い皮食ってるのは日本くらい



931: おさかなくわえた名無しさん@\(^o^)/ 2014/08/16(土) 11:36:03.03 ID:igrDctlj.net
ゴーヤも熟したら甘い
わざわざ未熟性の苦いものを食べている



972: おさかなくわえた名無しさん@\(^o^)/ 2014/08/18(月) 11:44:50.01 ID:Cse9kgUL.net
»931
熟れて爆発した種の周りについてる真っ赤なぬるぬるが甘くておいしいよね
あの苦いゴーヤが、マジ南国フルーツ状態だからね
うちのゴーヤのグリーンカーテンはあえて青い実を取らず爆発させてる
見た目がちょっとグロいけど



932: おさかなくわえた名無しさん@\(^o^)/ 2014/08/16(土) 12:06:15.81 ID:ROnsV9ZA.net
沖縄出身者でも、子供の間はゴーヤが嫌いなのが普通。
年寄りによると、昔は熟して赤くなってから食べていたのだが、
戦争でそんなことも言っておられず、青いうちからたべたのだとか。
青くて苦いゴーヤしか知らない、ヤマトの兵隊が広めたのだろうと。
pinto:


一枚の写真を見て感動で言葉が出なかった。
  それは、四月二十七日、被災地御激励の為、航空自衛隊松島基地に降り立たれた天皇皇后両陛下に正対して敬礼している君塚栄治統合任務部隊指揮官(陸上自衛隊東北方面総監)の写真だった。
  この光景は、マスコミは伝えていなかったと思う。私は、二十一日の行進出発前に初めて拝した。そして、行進中、顔は小雨に濡れるが、そこに感動で滲んだ涙も少々混ざっていた。感動は、行進中から一夜明けた今も続いている。
陸上自衛隊の迷彩の戦闘服を着て鉄兜をかぶった自衛官が、天皇皇后両陛下に正対して敬礼している。
これは、戦後六十六年間で、初めてのことである。
戦後とは何か。それは、日本を軍事占領した連合軍のGHQが日本占領基本法として残していった「日本国憲法」によって縛られた時代である。戦後体制とは日本国憲法体制なのだ。
従って、その「日本国憲法」九条によって、自衛隊は違憲とされ軍隊として扱われず日陰者の扱いを受けてきた。その結果、今まで、各地の災害救助活動においても、一番活躍する自衛隊の姿は故意に国民の目には触れないようにされていた。自衛隊の活動をマスコミが放映するようになったのはつい最近である。
十六年前の阪神淡路大震災においても、自衛隊が被災した人々を救出し支援する中心的活動を展開しているその現場において、「自衛隊は違憲だから支援を受けないで下さい」と書いたビラが配布されていたのだ。
そして、このビラをまいた者は今政府中枢に入り込んで出世している。驚くべきことである。しかし、これが、「戦後体制」即ち「日本国憲法体制」の姿、光景である。
しかし、本年三月十六日に天皇陛下は十一日の東日本大災害に際して、国民へのお言葉を発せられ、自衛隊を筆頭に置かれて余震のある危険な被災地における国民の救助、支援活動の労苦をねぎらい感謝の思いを表明されたのだ。
この天皇陛下のお言葉は、六十六年間で初めてのことである。そしてこのお言葉の前で、戦後の憲法九条体制は消え去っていたのだ。
このお言葉に接して私は、自衛隊を違憲とする戦後体制・憲法体制に悲憤慷慨して割腹自決した三島由紀夫を思い。「三島由紀夫の霊よ、来たりて喜べ」と心で言った。
さらに昨日、初めて、四月二十七日に松島基地で天皇皇后両陛下に正対して敬礼する自衛官の写真を見たのだ!
これは、東日本大震災という国難の中で、その被災地に顕れた戦後体制が既に終焉していることを示す象徴的な映像である。
これからは、この戦後体制の終焉を東北の被災地に顕れるだけに止めるのではなく、国政における国家体制の改革そして日本の再興に直結させていかねばならない。
これが、今生まれ会わしている全日本国民の歴史的責務だ。
天皇陛下に敬礼する統合任務部隊指揮官と日の丸行進「眞悟の時事通信」-★おつるの秘密日記 酒と薔薇と愛の日々★

pinto:

一枚の写真を見て感動で言葉が出なかった。

  それは、四月二十七日、被災地御激励の為、航空自衛隊松島基地に降り立たれた天皇皇后両陛下に正対して敬礼している君塚栄治統合任務部隊指揮官(陸上自衛隊東北方面総監)の写真だった

  この光景は、マスコミは伝えていなかったと思う。私は、二十一日の行進出発前に初めて拝した。そして、行進中、顔は小雨に濡れるが、そこに感動で滲んだ涙も少々混ざっていた。感動は、行進中から一夜明けた今も続いている。

陸上自衛隊の迷彩の戦闘服を着て鉄兜をかぶった自衛官が、天皇皇后両陛下に正対して敬礼している

これは、戦後六十六年間で、初めてのことである

戦後とは何か。それは、日本を軍事占領した連合軍のGHQが日本占領基本法として残していった「日本国憲法」によって縛られた時代である。戦後体制とは日本国憲法体制なのだ。

従って、その「日本国憲法」九条によって、自衛隊は違憲とされ軍隊として扱われず日陰者の扱いを受けてきた。その結果、今まで、各地の災害救助活動においても、一番活躍する自衛隊の姿は故意に国民の目には触れないようにされていた。自衛隊の活動をマスコミが放映するようになったのはつい最近である。

十六年前の阪神淡路大震災においても、自衛隊が被災した人々を救出し支援する中心的活動を展開しているその現場において、「自衛隊は違憲だから支援を受けないで下さい」と書いたビラが配布されていたのだ。

そして、このビラをまいた者は今政府中枢に入り込んで出世している。驚くべきことである。しかし、これが、「戦後体制」即ち「日本国憲法体制」の姿、光景である。

しかし、本年三月十六日に天皇陛下は十一日の東日本大災害に際して、国民へのお言葉を発せられ、自衛隊を筆頭に置かれて余震のある危険な被災地における国民の救助、支援活動の労苦をねぎらい感謝の思いを表明されたのだ。

この天皇陛下のお言葉は、六十六年間で初めてのことである。そしてこのお言葉の前で、戦後の憲法九条体制は消え去っていたのだ。

このお言葉に接して私は、自衛隊を違憲とする戦後体制・憲法体制に悲憤慷慨して割腹自決した三島由紀夫を思い。「三島由紀夫の霊よ、来たりて喜べ」と心で言った。

さらに昨日、初めて、四月二十七日に松島基地で天皇皇后両陛下に正対して敬礼する自衛官の写真を見たのだ!

これは、東日本大震災という国難の中で、その被災地に顕れた戦後体制が既に終焉していることを示す象徴的な映像である

これからは、この戦後体制の終焉を東北の被災地に顕れるだけに止めるのではなく、国政における国家体制の改革そして日本の再興に直結させていかねばならない。

これが、今生まれ会わしている全日本国民の歴史的責務だ。

天皇陛下に敬礼する統合任務部隊指揮官と日の丸行進「眞悟の時事通信」-★おつるの秘密日記 酒と薔薇と愛の日々★

(出典: itokonnyaku)